初体験。〜後編。

火曜日。
もう痒さで飛び起きて、っていう訳ではないけど飛び起きて、そしてあらゆる事態を想定してタクシーで駆けつける。(バスとトラムの乗り継ぎでは半時間かかってしまうが、タクシーだったら1000円以下で15分もかからない)朝からにこやかで親切な運ちゃんに内心、おシラミ様を残して行ってしまったらスミマセン、と合掌しつつ到着。我々は老夫妻に続いて二番手。ほかに誰もいない。おそらく昨日は休み明けで混んでた模様。しかし朝寝坊な私でも(だったらもっとゆっくり来ても良かったな)とは微塵も思いませんでした。だって痒いから(涙)。

今朝の白衣のおっちゃんは昨日の人ほど突っ慳貪ではなく(←つっけんどんってこう書くんだって!)、張り切ってマニュアル通りの仕事をするタイプ。まずは白衣のおっちゃんが、待合室の隅の椅子にクランケを座らせる。ライトを当てて、専用の櫛を使って頭部をチェックするのだ。老夫妻はどうやら婆ちゃんだけおシラミ様を下宿させていた模様で、爺ちゃんは無事だったらしい。結果を聞いて婆ちゃんはちょっと恥ずかしそうにしている。そして爺ちゃんはさすがに安堵とちょぴっとの優越感が垣間見えた。続いて香音ちゃん。おっさんはプロなので、香音のけったいな、あきらかにおシラミ様にあわてた素人による錯乱した散髪には表情も変えず、丁寧にチェックなさる。香音は余裕でニコニコ。待ってる間にふらりともうひとりの白衣氏が現れた。すらりと背が高く美形で、手入れのかまされ過ぎたモミ上げと顎髭がそこはかとなくゲイ感を醸している。香音を見守る私の前を通り過ぎかけてふと立ち止まり「あなたはもうお済みですか?」っぽいことを言うので「いいえ まだです」と言うと、サッとmy櫛を出して「拝見します」と言う。背が高いから椅子も不要でお互い立ったまま、ゲイ系美容師よろしくさらさらっと私の髪を見て、そして「あいにく今夜は予約でいっぱいです」とクールにそしてちょっぴり残念そうにお客を断るレストランの人みたいに「お持ちですね」と言われてしまった。嗚呼、知ってます、だから来たんです、さっさとやっちゃって下さい・・・。

しばらく待たされて奥の部屋に通される。こんどは白衣のおばちゃんがテキパキと仕切る。病院と美容院の間、みたいな、あまり広くもない部屋に椅子が並んでいて、婆ちゃんに続いて香音がまず施術。それこそ美容院のようなナイロンのケープを巻かれ、その上から手ぬぐいサイズのタオルを肩に巻かれる。おばちゃんはこちらのドイツ語程度を疑うことなく一方的に説明し指示を出し、そして霧吹きで頭部に毒薬噴霧開始。香音はなぜか指示を完璧に理解して(って要は先の婆ちゃんを真似してるんだが)肩に巻かれたタオルをきちんと両手で押さえている。美容院も行ったことないから、こんなに他人に頭を触られることもはじめてなのに、ニコニコとされるがまま。聞き分けがいいなぁと関心しつつも、カメラがないことをひたすら後悔する。髪全体がしっかり毒薬で満たされたら、これまた美容院的なシャワーキャップをかぶせられ30分待って下さいと言う。ずらりと並んだ椅子に婆ちゃん、香音、私が並び、そして引き続いて何組かの母子とお一人様のレディなどが並ぶ。
なんとこのときすべて女性。ついでに言及するなら皆、濃淡様々なブロンドの、美しいゲルマン民族たち。しかし誰もが不本意ながらココにいる、と言うワケで、お互い目が合うと無言のままに分かち合う”いたわり”や“慈しみ”に似た共感とも言うべき微妙な感情が瞳の奥で揺れる。さぞお痒かったことでしょう、青天の霹靂ですよね、あと少しの辛抱ですね、と言う感じだ。「おシラミ様被害者の会」が即席に結成されたかのようである。
ガキから婆様まで、年齢様々な女性10人ほどがナイロンケープ、タオルを押さえる為に両手を胸の前でXにした体勢、そしてシャワーキャップと言う特殊なユニフォームで壁に沿って置かれたパイプ椅子に居並ぶ。さながらコンテンポラリーアートのフォトセッションみたいだ。誰も撮影してないけど、しないなんてほんと、もったいない。

 最初に現れた白衣のおっさんが用具を手入れし始めたところで、気恥ずかしさと「なぜ、どうして私が」という問いに居たたまれなくなったお婆ちゃんが、思わずおっさんを質問攻めにしはじめた。
会話はほっとんどわからなかったんだけど、〜シャワーする、この櫛だけ、祖父母と孫、挨拶する、見る、家族でお互い見る、調べる、普通のこと、誰でもある、何歳でもある、どこでもある、いつでもある、一年間ずっと、飛行機、ホテル、ベッド、ソファ、一回で充分、数字各種〜 など、わかった単語とおっさんのジェスチャーと会話のトーンと、それからオーディエンス(ウィーンおシラミ様被害者緊急連絡協議会の方々)のリアクションを含めてここに会話を推測&再現してみる。(※おシラミに関する基礎情報は日本語検索結果を踏まえていますが、完璧じゃありません)

婆ちゃん「それにしてもどうして私にこんなものが付いてしまったんでしょうか。髪だってちゃんと洗ってるのに」
おっさん「洗髪してもいくら清潔にしていても接触したら簡単にもらってしまいます。子ども同士はごく近くで遊びますからすぐ蔓延しますし、ご両親や祖父母は抱っこしたり挨拶でキッスを交わしてる間にもらうことだってあります。家族にひとり持ち帰った子がいたら、もう誰もがうつると思ってもいいでしょう」
婆ちゃん「どうにか防ぐ方法はないのかしら」
おっさん「タマゴから3日でふ化し、幼虫からすでに吸血活動を開始し、成虫はすぐに交尾してメスはじゃんじゃんタマゴを髪に産みつけます。一回で○○匹、三日で○○匹・・・」
一同(うへぇ〜、という顔。ここで意外に小心者の私も、わからないながらも一応ハーモニーを守って「うへぇ」しておく。いくら待っても英語でフォローとか、してくれそうにないし)
おっさん「普通の櫛では駄目なので、このような専用の眼の細かい櫛で不純物がないかチェックします。家族でお互いすき合ってチェックするのです」
(さらに調子づいて)
「シラミ自体はどこにでもいます。ケジラミは人間の頭髪のみに付くので体温がある限り一年中、冬でも活動できます。人体を離れても72時間は生息できるので、例えば電車や飛行機のヘッドレストが未消毒であれば簡単にうつります。ソファや枕はもちろん、帽子だってタオルだって・・・云々云々・・・」

 この夏のポーランド旅行での怪しいホテル、タクシー、長距離列車、ローマ行き小型飛行機、ナポリの長時間列車、南伊の宿、枕にしてしまったクッション(!)、エトセトラエトセトラが走馬灯のように頭をよぎり目眩が・・・。となりの婆さんは今後、長時間飛行の機内でも姿勢を崩すことなく、頭部を座席と接触させない座位を死守するのだろうか。

もしかしたら毎日何度もこの待ち時間に注意喚起の演説をぶっているかもしれないこの白衣のおっさんのワンマンショーに魅了されてる間に、30分が過ぎる。この間香音は備え付けの書籍で静かにしている。私は内心、ほんの少しシャワーキャップからはみ出しているモミ上げの毛とかは大丈夫なのかな、とか、ほんとに一回でいいのかよ、とか、心配で心配で。
さて、またもや婆ちゃんから順番に、このあとは隣室にて簡易な形相のシャンプー席で髪を流して頂く。そのあと絶命した虫と髪に残ったタマゴを髪からすべて取り除くべく、専用櫛で徹底的に梳いて頂くのだが、香音は演説おっさんなので時々ご冗談など言ってもらいつつスムーズに。時々誰かさんが慌てて切ったモヒカン風の剃りがあらわになってコッ恥ずかしくなる。
で、私はと言うと、ずっといなかったくせにまたふらりと現れたヤサ男にして頂いたのだが、なんかさ、ヤなんですよね。盲腸なんかで下の毛を看護婦さんに剃られる場合があるそうですが、そのようなシチュエーションの高校生男子の気恥ずかしさなんかに似てるのだろうか、この感覚。
で、もうこれだけ書いてしまったのでとことん白状しますが、どうやら私の毛には多かった様で、かなりこの「鉄櫛にて徹底的に梳きまくるコーナー」、長く厳しかったです。ガンガンやられました。血ィ出るかと思った。


そんなこんなでやっと解放。ぜんぶでちょうど一時間でした。
かなりすっきりしたものの、若干“古傷”というかさされた跡が痒いので、なんとなく不安が残る私は、この夜「毛染めパーマ液で撃退!」との俗説を採用して、深夜ひとりウン年ぶりで毛染めもかましてみたのでありました。
んなワケでただ今結構赤毛。液体べっとり1時間も待ったです。色の為よりただただ死にぞこないのおシラミ様撃退のため。いたのかどうかもわからないけど、気持ちの問題ね。



そして更なるオチが後日(執筆中の本日)発覚。
「うつったらヤヤなあ!」と言いながら先週の日曜、香音とたっぷり遊んでくれたミチから電話。
「お〜い、俺今朝どこ行ってたと思う?? ガハハ、毒薬シャンプーじゃ!! こんど飯でも奢ってもらおかー!」
ご、ごめん・・・。