香音の学校

きのう、区の管轄部署から手紙が届いた。
それによると、「あなたがたの要望がすべて受け入れられ、お嬢ちゃんへの義務教育が下記の学校で受けられます」ということらしい。問い合わせ先に電話するとそこが当該学校で、「明日にでも担任教師から電話させます」とのこと。ペテルスガッセ・シューレと言う。
今日は水曜日なので、香音は幼稚園へ行く日。送った帰りのところへ、その新担任教師さんがさっそく電話を下さり、月曜に見学の約束となった。

その後、思うところあって、香音が現在フォアシューレのクラスに通っているランドストラッセ校のフラウ・バウアーに会いに行く。
以前も書いたと思うけれど、フラウ・バウアーは今の小学校の校医さん…というか、すみません、お医者さんではなさそうでした。この小学校で3区の小学校すべての言語療法全般を取り仕切ってる責任者らしい。
届いた手紙を見せて、
「これはどうやら決定事項のようですが、私たちを交えた話し合いの場はもたれないのですか?」と聞いてみた。
フラウ・バウアーや区の教育長(的な人)マンデルさんに会った時のニュアンスで、そう受け取っていたからだ。
しかしそれは若干違っていた模様。
「もちろん、異議申し立てはできます。これはわたしと、ペテルスガッセのフラウ・ヴィール、そして区役所であなたが会ったマンデルさん(教育長さん?)と三者で話し合い決定しました。あなたのニーズはすべて私からオファーして、最適な決定だと思いますよ」とおっしゃる。


 「ただちにフォアシューレに通わせて下さい」と言われ、このランドストラッセのシューレに通いはじめたが、今のところ香音はとっても気に入って通っている。クラスメイトもほんとうに皆フレンドリーで、屋内運動場やら何かと整った設備も素晴らしいし、スタッフも知る限りみな意欲的で生き生きしている。そして校長がとっても素敵なオヤジさん。彼は香音のために、学期の途中からでもクラスのシステムを少し変えて下さったこともあるし、校内で鼻歌を”熱唱”しながら雑用するのを見かけることしばしば。そして何よりこのうちのエリザベツとベンハルトが惚れ込んで、熱心に推薦していた校長であり、学校である。いつもとても親身に話を聞いてくれるフラウ・バウアーが常駐しているのも魅力だし、できればここの、縦割り統合学級に通えたらなーと、思っていたところなのです。

言葉を選びながら訴える私にフラウ・バウアーはまず、特別なニーズのある子どもたちに関しては、残念ながら学校選定は提出された要望をもとに、担当者が決定することになっている。これは市下全員そうです。この点きちんと伝わっていなくて申し訳ない。ただし、決定に異論があるならばマンデルさんに面会して申し立てできます。と説明された。
そして、丁寧に、自分たちがなぜペテルスガッセの縦割り統合クラスを用意したか説明してくれた。
ウィーンでは各学校、スタッフのチームによりあらゆるプロジェクトが組まれている。
カリキュラムに特色がある学校や、縦割りのクラスのある学校、音楽を多分に取り入れたプロジェクト、英語もしくはフランス語教育に力点を置くとこ、クラスに犬がいるところ…などなど。
香音には、3区で、縦割りの統合クラス、これは3つの学校であるけれど、香音を個人的にサポートし彼女用のカリキュラムを用意できるのがペテルスガッセなのだ、とおっしゃる。ここ(ランドストラッセ校)は確かに建物が新しく明るいけども、それよりも重要なものが揃っています。ほんとうにペテルスガッセの縦割りクラスは本当に、素敵なところなんですよ、どうか信じてちょうだい、と熱く語ってくれる。「わたしはいつもそうですが、それと同じく、香音のために誠実に、ベストと思える選択をしてると信じてますよ」。

そしてフラウ・バウアーによると、ペテルスガッセの新担任はランドストラッセの名物校長と同じ苗字…と思ったら、なんと校長の奥様であった。(家庭内連絡→ウッチー、あの中華屋で会った家族のママよ!)
あのおっちゃんのワイフか…と思うと、そこはかとなく安堵した。
フラウ・バウアーによると、ウィーンはこの国で唯一学校関係が充実していると言えるらしいのだが、とりわけ彼女やここの名物校長、その奥様やお仲間は、30何年間常に統合教育、オルタナティブな教育の実践を目指して戦ってこられたらしい。話によると、「障害児は専門施設で」とアンチ統合、分離主義を唱える人々も根強く、そういう人々とはもう何百回と議論してきたそうである。何かのミーティングで、市が誇る充実の養護学校の人が香音を「ぜひ我が校に!」と申し出たらしいのだが(冷や汗)、私たちの要望を知った上で自分の信念も相まって、フラウ・バウアー「その必要は無い! 絶対ない! 統合クラスこそが香音の場所です!」と突っぱねて下さったらしい。

また、欧州では、発達に違いのある子どもたちへのセラピーのひとつに馬と交流するものがある。
お馬ちゃんに乗るだけじゃなく、お手入れやお世話をしつつスキンシップを図る。前にイタリアですすめられたこともあったが、欧州ではよく知られたセラピーらしい。3区では毎年10人ほどの子どもにこのセラピーを用意しているのだけど、その責任者がフラウ・バウアーであるそうな。市の予算を獲得するのが年々大変ではあるけども、新学期も継続する場合は香音も参加できるとのこと。ペテルスガッセ校とランドストラッセ校はこうして様々なプロジェクトで交流があるらしい。
とはいえウィーン市も日本のあちこちと同様、予算の削減、コストダウンの施策などで状況は年々厳しくなっている。家から遠い学校で第二希望第三希望のシューレに通う子どもも少なくないらしく、そんな中で香音はベストポジションを獲得できたと言えるでしょう、とおっしゃる。
「日本では、夢がないのです」と話したことがある。その時彼女は「大丈夫です。ここなら、香音にとっての最適な選択肢を見つけられます」と言ってくれた。香音のような子への可能性について、わたしたちが信じてることと彼女たちの信じてきたことが、少なからず重なるからこそ、最善を尽くしてもらっている、のかもしれない、と、感じることができた。


月曜日、ペテルスガッセ校に行ってきます。
ちょっとびっくりしたけど、こちらの要望に基づいて、ちゃんとした専門家たちが「最適」なところを用意して下さると言います。今のところ、信頼と期待のおけるプロジェクトです。同じ年の子たちは日本でそろそろ二年生ですが(苦笑)、やっと香音も、安心して、信頼して任せられる「小さな社会」でスタートできそうです・・・。