香音の学校 〜先生に会う

 9月から通う学校、ペテルスガッセに行ってきた。
角部屋の教室は陽のひかりいっぱいで清潔な、そしてあたたかな雰囲気の空間。さっそく通された教室の奥、担任教師の小部屋には小さなキッチンと、そしてウィーンの古い建物によくある“ロフト”がしつらえてあった。頑丈なそれは大人でも階上で立ち上がれる高さがあり、天井の高さ=建物の古さを感じさせる。小さな階段を上がるとそこには子どものための小さな書斎が造られていて、百科事典や絵本などが壁を埋めている。実は香音の部屋にもこういったロフトがあり、香音はマットレスをおいて寝ているのでうちの場合はホフベッドと言うらしい。もちろん香音もこの空間が好きなので、休日おうちにいる時は読みたい本を持ってうえに上がることもしばしば。学校に大好きな本の小部屋がホフベッドみたいなところにある! となると、香音はきっとさぞ大喜びすることだろう。

お会いしたのはふたりの先生。どちらも私より年長の、見るからに経験豊富な女性である。すでにフォアシューレのスタッフからいろいろと香音のことを聞き及んでいるらしく、わたしが二階の小部屋に関心して「香音が喜ぶでしょう」と言うと、香音の本好きをすでにご存知であった。

お互い自己紹介をして、順を追ってクラスのことを説明される。
1年生から4年生、各学年だいたい7名ずつというのが基本とした縦割りクラス。
その中で、いわゆる障害児が現在6名、来年度は合計4人となる。先生は専属の今日会ったおふたりと、もうひとり、合計3人で担任。今日会ったおふたりは一般的な教職とセラピストとしての実績もお持ちで、さまざまなコンディションの子どもたちに対応できるということらしい。
「学校やクラスによっては、複数の担任がいると仕事や生徒を厳密に分担してたりするけど、私たちはお互い助け合ってとても良いチームワークでクラス運営してるんですよ」と笑顔で、そして確信をにじませながらおっしゃる。授業はクラス全体でその週のメインテーマを持ちつつ、日々のカリキュラムはそれぞれひとりひとりが個別に考え、実行する。そのほか、コンセルバトワールから週一回先生が来てコーラスや合奏の指導があること、任意参加のカトリックのクラスともうひとつ、Ethics(倫理)のプログラムがあること、Gender Mainstream という、性と生命に関するプログラムがあること、校外の図書館や美術館、博物館、ジムや遊技場などに出向くプログラムが多用されていること、週に一回お当番の子どもと先生が「買い出し」に出かけ、果物や野菜や軽食を自分たちで用意し皆で食べる、という企画があることなどを聞く。そしてそのどれもが、縦割り統合学級の運営にとても重要な要素であることを説明される。
たとえばEthics の授業では、「思いを話して伝える」ということが重要視されている。
AくんがBくんを殴った。「そんなことしたらいけません」と叱ったり教えるのではなく、Bくんが「君は僕にこんなことをした。それはこれだけ痛かったんだ。だからもうしないでくれ」と“ちゃんと言えるように成る”ということ。得てして“ちゃんと言われる”と、大人に叱られるよりもAくんの心に響く。
「母国語がドイツ語じゃない子どもはほかにもいます。そんな子どもたちは充分に言いたいことが言えない。それはわだかまりとなり、無理解や暴力を誘引します。心にあることをどうにかして表現し、分かち合うというプロセスが、このクラスではとても重要です。学年や能力を超えて一緒に学ばなくてはいけないのですからね」。
みんなでメニューを考えて準備し、試食する「金曜日のスナックタイム」は、子どもたちの好き嫌いの減少に一役買っているらしい。
いろんなプロジェクトを想像しながら聞いていると、様子が見えてくるように分かる。
能率効果が重要な授業ではなく、こういった「一緒に何かする」という経験学習は、健常児は非健常児から学ぶきっかけとなりやすい。目的達成のためナーヴァズになる賢い子たちは、お買い物や課外授業のピンチで、悠然と振る舞ったり機転を利かせる「遅い子」に物心両面で救われたりするものだ。
充実したカリキュラムや学級運営の話を洪水のように聞いて、心配がときほぐれ、あぁもぅ安心しました、どうぞよろしく、細かいことは気にしませんから!と泰然たる心持ちになる(笑)。目の端に捕らえた、最新式の珈琲メーカーが気になりはじめる。

というところで発覚したことに、この学校はランチと午後のクラスがない。(ウィーンはもともと、小学校はそう言うものだったらしい)
本の学校と比べると大丈夫ですか、と聞きたくもなるけども、説明によると夕方まである学校はもっと休憩が多くゆっくりしており、午前で終わる学校は濃密に勉強して帰る、という認識らしい。確かに、夕方まである学校を見学した時、なんともの〜んびりした、悪く言うとダラダラした感じが無かったこともない。
そこで、相談に乗ってもらった上で、来週ふたつの「ハルト」を案内してもらうことになった。日本的に言うと「学童」である。ランチを頂き、宿題をして、お庭やお部屋で遊んでお迎えを待つ。小学校のすぐそばに2カ所あって、どちらも手厚く「おススメ」なので、来週にでも一緒に見に行きましょう、とのこと。「午前中は充実して学ぶので、午後お友達と遊ぶのはとても重要ですよ。香音には負荷になる「宿題」は出しませんが、ハルトのスタッフが見てくれるので良いエクササイズにもなるでしょう」。
その他、公機関で受けられるセラピーなどの情報も集めて下さるとのこと。
「わたしたちからコンタクトをとれば、あなたが電話して予約するより話が早いと思いますよ」とおばちゃまウィンク。


ところで、香音と私は間もなく購入予定のシューラタッシェ、ランドセルを楽しみにしている。
というのは、こちらではオーストリア式ランドセルみたいなのが有るには有るけど全員が持ってるわけじゃない。自分の趣味と学校のニーズに合わせて結構自由にリュックやバッグを持ってる。イースターの休みにパパが帰ってきたら、リュックを買いに行こう、一番素敵なのを、と楽しみにしているのだ。幼い香音はまだ、キャラクターものやピンクのひらひらを好まず、父や母が褒めるものを喜んで持ってくれる。時間のある時に、ゆっくり本人も気に入る使いやすいものをぜひ探そうと、張り切っているのだ。
幸い、このクラスでは教科書を多用せず先生と作るプリントやファイルが主なので、使いやすいリュックサックみたいなもので良いですよ、と言われ、ホッとする。
(こちらでは学校によってとってもたくさんの教科書を大きな学校鞄に詰め込んで、そしてお母さんに持たせてる子どもがホントに多いのでありました。)


特徴的なことの最後に上げるべきは、「成績表」について。
ここでは、卒業時までマークや数字での評価は与えず、学期末に親と教師と子どもとでミーティングをするらしい。すべての成果を並べて、今学期に勉強したことを共に振り返り、来学期の目標を三者で相談すると言う。「すべての情報を分かち合えて、とても充実した時間になります」。そうであって欲しいことよ。


ふたりが英語とドイツ語を交えてあれよこれよと話してくれるので、私はろくに質問する必要もなく、あっという間に1時間が経った。最後にこのクラスの親たちはどんな様子ですか、と尋ねた。色んなエピソードを交えて教えてくれたのは、ウィーン市でもオルタナティブな形態であるからやはり教育に積極的、協力的な親たちであり、横の繋がりも活発であるとのこと。いつも興味を持って協力してくれるという。希望者が定員を上回るので、年によってはこのクラスに入るのも難しいことがあるのだそうだ。
6月には学校の外でみんなで会って子どもを交えた食事会をするらしい。そういえば去年の6月、アダとエリザべツがプラターのガーデンレストランでクラス全員と親と先生との食事会に行っていた。どこであるのかなー。美味しいとこが良いなー・・・。


最後の最後、さて今日はこれまで、というところで思わず、深いため息をついた。
すると先生が笑いながら「それはどちらの意味?”so enough!” or ”all clear”?」と聞く。
”all clear”です、と笑った。「ここまでの道のりが、遠回りもしたので、とても長かったものですから」と言うと、「どうして引越して来られたのですか? 旦那さんの演奏活動ですか?」と問われた。端的に、香音のためです。と言うと、先生の眼が少し力をおびた。そうです、真剣です、たのんまっせ。しっかり握手して、ではまた来週!とお別れした。



いつもより少し遅れてお迎えに行くと、香音はおうちから持って行った茶色いパンをお友達ルイーザちゃんと食べながらわたしを待っていた。ルイーザちゃんは自分の真新しいシューラタッシェを嬉しそうに見せてくれた。いつになくご機嫌に学校を出て、分厚い上着を脱いで薄着で歩くほど、今日のウィーンは春めいていた。
途中で、「といれいかなくちゃいけない…」と香音の顔が引きつったので、大サービスで冬のお休みが終わったばかりのアイスクリーム屋さんに立ち寄った。ふたりで通りの席に座ってアイスが溶けてしまうのを追いかけるように食べていると、香音が「ルイーザ!」と叫んだ。お母さんとお姉ちゃんと一緒に、フォアシューレのルイーザちゃんがやってきたのだ。考えることはみな同じ? わたしたちのテーブルで5人で、アイスを食べてそして、途中までぶらぶら一緒に歩いて帰った。そしてつくづく思った。ちょっと不安や心配ごとが減ったから、安心して太らないように気をつけなくちゃ・・・。