「部屋がとっても汚いんです」

 と、ドイツ語で言えて良かった(苦笑)。ということがあったんだけどその前に、ご登校。
いつもより10分ほど出掛けるのが遅くなり、おまけにバスもちょっぴり遅れて、学校に着いた時は8時5分! 建物の前でクラスメイトのパオリくん母子と会い、一緒に階段を上がる。階段で、ホルトで顔見知りの女の子の母と出くわす。いつも出会うと挨拶はするんだけど、今日は無愛想な表情をちょっと崩してすれ違い様に「遅いわね」と言われた。??? 軽口のつもりか。文化のギャップ?? どう思われようと構わないけど、つまらないことでガ〜ンと思わない自分の図太さにホッとする。たぶん、例えばもっとおどおどして、いつも不安を抱えて登校してたら、あんな一言でもきっと胃袋に突き刺さっていたかもしれない。やぁねッ、と軽く聞き流してクラスへ。
今朝も香音はボッサーとして靴の履き替えをテキパキしないんだけど、今日は私が先生と話している隙にクラスの4年生と2年生の女の子が、香音のところへ駆け寄って、挨拶して用意ができるのを待ってくれている。小さい方のヤナちゃんはこの間もヤウゼの時間にそっと手伝ってくれていた子で、今日も出しゃばらず、でもいい按配でそっと手を貸してくれる。大きい方のテレーザちゃんは、香音にいつも本を読んでくれる子らしい。朝いちばんに、こんな風に迎えられて、幸せな子だ。

ホルトにお迎えに行った時、顔見知りのこれまた香音に何かと優しい女の子がわたしのところへやってきて、香音の誕生日はいつかと質問された。11月だよ、と答えると“お誕生会に私も招待してくれる?」とねだられてしまった。なんて可愛い! 勿論よ! と返事して、さて、パーティか…と遠い目になる。
帰りがけ、何人かの女の子達に「カノンは明日もホルトに来る?」と聞かれる。もちろん。すると女の子達のひょうじょうがふぁあっと明るくなり、みんな香音と握手してくご挨拶してくれる。馴染むまで結構かかった幼稚園と違い、最後までやんちゃな男の子達と難しかったフォシューレと違い、今の香音は学校もホルトも最善のスタートを切れた気がする。嬉しい限り。



 前にも書いたと思うけど、家のすぐそばにある市場のパン屋さんに、とっても元気で優しい小柄なおばさんが居る。ドイツ語を習いはじめた頃は、毎日のように「毎日毎日、いつも常にうまくなっているわ!」と褒めてくれて、パンを選ぶのにもいつもとても親切に教えてくれる。そして、いつからか香音には必ず菓子パンを一個、プレゼントして下さる。毎日行ったとしても、連日だ。香音を連れていなくってもそれは同じで、お金を払おうとした時も決して受け取ってくれない。我が家の借り主であるエリザベートにその話をしたら、あたしの娘はパンひと切れも貰ったことなんかないよ、と言っていた。最近では香音に「いつもの、ほしい?」と聞いて袋に入れてくれる。小さい軽いパンだから、翌日にはすっかり固くなってしまうのでたぶん閉店時に残りは廃棄しちゃうんだと思う。おばちゃんはパートさんで、すべてのパンは工場で焼いたものを早朝運んでくるらしいから、大げさなことではないかもしれないけれど、それでもおばちゃんの優しさや温かさに日々感激してるので、今日は香音ととっておきの計画を立てた。
日本から友達に送ってもらったレピシエのお茶をプレゼントするのだ。ティーバックの小さいセットだけどとっておきのもの。おばちゃんが珈琲よりお茶が好きなのは既にリサーチ済み。
大張り切りの香音と、学校の帰りに市場へ寄った。おばちゃんはいつものようにキップフェルを「いるわよね?」と袋に入れてくれる。香音は、「おくりもの! にほんのおちゃ! びって!」とドイツ語で言う。おばちゃんはじけるように喜ぶ。お口に合いますように…。


その時、すぐそばのテイクアウトでフレンチフライを買っているクラスメイト、パオリくんを発見。
お母さんと買い物帰りの模様。香音と挨拶しに近づき、ちょっと立ち話しているうちにポテトができあがる。買い食いして帰る模様なので、思い切って「うちはすぐそこなので、よかったらうちで食べて帰りませんか」と誘ってみる。
いや実際、最近掃除をかなりサボっていたので大変な状態なんだけど、それを理由に誘わなかったとしたら、それは相手には伝わらない。ただ言わなくておしまい。“あの人近所なのに家に誘ってくれなかったわ”とはさすがに思わないだろうけど、誘われたとしても悪い気はしまい。香音のクラスメイトとその親には、格段の理解を得たいものなのでここはひとつ、部屋の汚さも顧みず(苦笑)思い切って誘ってみる。
すると、まったくの迷いもなくむしろラッキー♪ってな感じで、二つ返事でいらっしゃると言う。香音は目の前でうちに来るということが即決されたものだから、キャー!!と歓声を上げる。「部屋がとっても汚いんです。笑ってね」と言えて良かったと思いながら、何度もそう言いつつお招き。よくこんなところへ招くよなぁ私、と思ったらお腹の底から笑えてくる。幸い、洗い物とか生ゴミはあふれかえってないけれど、捨てさぼってる酒瓶は結構な量(笑)。

入ってすぐのキッチンへお母さんはいらっしゃり、わたしは香音が今朝脱ぎ捨てていったままだったパジャマを引っ掴んでバスルームに投げ込み、やたら愛想よく「日本のお茶でもいかが?」と取り繕う。パオリくんと香音はすぐに奥へ遊びに行ってしまった。早くもふたりで楽しそうに部屋の中をウロウロしている。お母さんはずっと昔、お父さんの仕事の関係で日本に住んだことがあって、言葉はまったく覚えてないけれどサウンドは凄く懐かしい、なんておっしゃる。リラックスして、お茶を飲みながら小一時間おしゃべりをした。その間、子ども達は奥で遊んだり、キッチンへ来ておやつを食べたりしていたんだけど、自分のフレンチフライを食べ終わってまだ、パウリくんはなんか食べたいと言う。お母さんもなだめているし、晩ご飯前だしなぁと敢えて何も出さないでいたら、渋々また奥へ行き、ほどなくしてこんどは香音がキッチンへ戻ってきた。
そして、自分が手の届かないところに飾っていたオースターハーゼの大きなチョコレート取って、と言う。パオリくんがなんか食べたいって言うから一緒に食べるんだ、と言う。イースターの頃ヘルゲに貰ったまま置いてたのをずっと覚えていて、これは自分のチョコだから自分で決める、とでも言うかのそぶり。
奥に持って行ったら、やがてふたりは手と口をチョコだらけにしながら戻ってきた。ふたりで分けたと言う。香音なりに“友達思いな感じ”が育っていて、内心すごく嬉しかった。

ひとしきり話して、大人同士も子ども同士もすっかり打ち解けて、また明日学校でねとお見送りする。ありがとう、また明日…。