宿題をしながら

月曜日。午前4時の前だから「未明」と言うべき時間に内橋さんは大きな荷物とギターを背負って出かけて行った。起こして寝ぼけつつタクシーを電話で呼んだが、明らかに寝ぼけた頭で独語でタクシーを無事呼べたと思ったら目が覚めた。トラブルがあって戻ってきたら大変だから小一時間は起きていようとしたらその後寝直せず、月曜は睡眠不足でスタート。


  • ジョギングをしてみた。

その前、土曜日は思い立ってジョギングに出かけた。町田に住んでいた頃、夜のウォーキングを一時間…というのを何度かしたことがあったけれど、走ろうと決心したのははじめてである。というのも、朝布団の中で目が覚めた時、たまたま右手で自分の左腕の上腕部を掴んでいたのが、ふと気づくとありえない質量で愕然としたから。なんだこの太ももみたいな二の腕は!
驚いたもののさてと決心して家を出るのに小一時間かかりつつ、家からすぐのプラター公園の散歩道、片道3キロちょっとを一往復…したけどほとんど歩いていた。それでも、だだっ広い道を色んな人が走ったり歩いたり自転車乗ったりスケートしてたり馬に乗ってたりする中、人目も気にせず腕を振り回しながら歩いたり、西田敏行サンキュー先生みたいにケツ振り歩きしたり、ひとりでデューク更家ごっこしたりしながら歩いてるとなかなか運動になり楽しかった。


が、お陰で土曜の午後と日曜と月曜は連日たいへんな筋肉痛が下半身を中心に全身を覆った。
(午前に走って午後には筋肉痛が…というのは自慢です)


  • ホルトへお迎えに行った。

そのように疲れを引きずったまま、月曜は朝から大学へ行き日本語科の授業を傍聴したりして午後、香音をお迎えに行くと、クラスメイトのお嬢ちゃんに「カノンはまだ宿題が終わってないよー」と告げられる。のぞくと、担当のレナーテさんとノートに向かって勉強中。10分、20分と待たされつつ、やっと廊下へ出てきた香音の傍らにはレナーテさんがいて「カノンがどうしてもしないので、宿題が終わっていません。おうちでやってくださいね」と言われる。
日頃、学校から出される宿題はホルト(学童)で済ませられる。残して帰るのは珍しいけど特に気にせず、いやしかししなくてはいけない時に“やらないと言い張る”のはどうかと思うので、「どうしたの?」と訊いてみた。すると、にわかに顔をくしゃーっとして、香音は泣き出した。「ぱぱいなくてさみしー」。…。
最近、パパがいない生活自体は充実して活気も楽しさもあるものの、パパが帰って来たあとまた旅立たれた時だけ、期間限定で寂しがる。まったく仕方ないことだけど、やはり閉口する。「そっかぁ」とヨシヨシしていたら、そこへ隣のクラスの女の子が近寄ってきた。私とも顔見知りでよく声をかけてくれる、良いお姉ちゃんタイプの子だ。さっきも「今日は私のお誕生日なの!」と話しかけてきたところだった。
「どうしたのカノン!」。わたしが説明すると、「そうか!」と納得して香音の顔を覗き込む。そして、香音に向かって、すこし早口に、諭すように話しかけた。何と、それは早すぎて複雑すぎて私にゃ全貌がわからなかったのだがこういうこと。

“泣かなくていいんだよ、今パパが居なくてもお仕事が終わったらまた帰ってくるでしょう、それにママはずっといるでしょう、先生もお友達も学校もホルトも、ずっとあるでしょう、お勉強して遊んで食べて寝て、楽しく過ごしてたらまた帰ってくるでしょう、そうしてるとパパも喜ぶよ、ママも喜ぶしお友達も喜ぶよ…”。
そして、マジックなことに、その子はこんなことを言った。
“帰りにママに何か、おやつ買ってもらいなよ、小さいもの何かひとつならきっと買ってくれるから。ねえ、私お誕生日だったから、明日も元気にホルトに来て、私に小さいものプレゼント頂戴。あなたが今から買ってもらうチューインガムの中の一個でも良いわ。ね、約束しようよ”
…みたいなことを言うのだ。粋だよね。その頃には、香音は涙が頬にあるままで笑顔になって、「Ja、やぁ!」と頷いている。“約束だよ、じゃあね!”と元気よく、その子は自分の教室に戻って行った。
さて、大きいお姉ちゃんとの大事な約束をひとつ抱えて、香音は元気に帰ることにした。
買い物に寄ったマーケットで、小さなペロペロキャンディを自分とお姉ちゃんに選び、自分のはお店を出てすぐ舐めはじめる。


  • 宿題をしてみた

夕食後、宿題をはじめた。眠くなってしまうかと心配だったが、一応ニコニコと椅子に座る。
わたしはあんまりつきっきりになるとどうしてもイライラしちゃうので、最初から鉛筆をナイフで削る用意をして横に座る。今日は最後までやるということに重点を置くことにして、細かいことをあまりこだわらないであげよう、とか思ってたら、また香音が泣きそうに。ドイツ語の家電品の名称を学ぶというプリントだったのが、パパを思い出すスイッチになってしまっていたみたい。フードプロセッサーとか掃除機とか、名前を言いながら色塗りさせるので、「これママ、欲しいんだよねー」「パパが欲しいと言っていたから、きれいに塗ってね」とか言いながら、なんとか気持ちを切り替えさせて、その横でわたしは鉛筆を削る。
全部終わって、「なまえをかく」と言うのでやらせてみると、相変わらず抽象的な文字である(苦笑)。なので、何度か練習させてみた。なかなかダメダメなのでやっぱりイライラしてくるんだけど(だから私は一緒に勉強するのには向いていない!)、しかし今日は香音の方がダンゼン根気がある。いつもならすぐモウヤダーってなるところを、今日はなかなか懸命に試みているので、こちらが気をとり直して見てやり続けられた。モウヤダーが最後まで出てこず、内心驚きながら終了。
ノートをよく見ると、「職業の勉強をまだちゃんとわかっていないから、やりましょう!」という先生の書き込みがあった。それは私への連絡という訳ではなかったようなのだが(多分そう思う)、香音が飽きていないようだったのでこれもやってみることに。
プリントに並んだ絵と文を繋ぐと、「理髪師は 髪を切ります」「先生は 子どもを教えます」となる設問。ひとつひとつ、香音の指で指し示しつつ読むと、香音も声を揃えて一緒に言う。6つほどの絵と文を、何度も何度も繰り返し読み続ける。宿題ではなかったので敢えてプリントに手をつけずに終えたけれど、たぶん、次回このプリントに取り組むとき、本人も少なからず頭に入っているだろうし、先生もそれに気づくだろう。


レナーテさんはいつも言う。「カノンは自分がやると言う時はとてもよくやりますが、しないと言う時は徹底的にしてくれません。これは困るし、大変なんですが、まぁ…随分よくやるようになりましたネ」。すると決めるとよくやる、とわかっているのだから、大人は今しばらくは、すると言えるムード作りを心がけるしか…ないのかな。


とはいえ、今日の宿題はよくやっていた。アレの割には。その間に、独語の語彙力が増えていること、根気が(やる気がある時は)ついてきた、形象の把握は相変わらず悪いけど、言葉の飲み込みは早い…ということに気づけた。素晴らしい!
カノンみたいな子は親子で宿題とかやるとすぐ煮詰まるからイヤだなぁと思っていたし、先生も家でやらなくても良いですよと言ってくれていた。(それは私の独語の問題も考慮されていたろう)けど、どうやら本人の努力と成長で、変わってきたようだ。「宿題をすませる」という必要は無いけれど、持ち帰ったノートを一緒に見て、ごく簡単な読み返しの復讐ぐらいは、これから一緒にできるかなと思った。進歩!