早くも晩夏のウィーンでいろいろ

 朝いちばん、空港への特急が出ているランドストラッセの駅までウッチーを見送りに行き、その足でふたり、ヴィザの延長申請に行き、帰ったらほどなくしてダニィが迎えに来た。

やっほーと車を乗りつけたダニィに鞄を預け、後部座席のヨシュアにも挨拶。ふぎゃあと興奮する香音に苦笑する彼も、まんざらでもなさそうで微笑ましい。
一路、バードフィスラウって書くと良いかな、皇帝フランツヨーゼフが建立した保養地である。ウィーン郊外にはよく似た名前の保養地がいっぱいあって、要は天然涌水(ミネラルウォーターである)を使ったプールがあって、それらは年間通して26度くらいとかで、ミネラルたっぷりなので温泉みたいな感覚で人々は泳ぐのだ。年間通してそんな温度と言うことで、それらのなかには冬場も開いてるところもあって、そこでは外気温が零度前後だったりするから温かいと言う。いいずれにせよ19世紀からある天然水のプールってことで大変気持ちいいし嬉しいんだけど、かなり暑い日でも冷たいのが私どもにはちょっと残念。特に肌の弱い香音にはおススメしたいのだが、去年一回足を浸けて懲りてしまってから全く入らず、いつも併設の普通のプールに。そっちは都会のそれほどじゃないけど消毒用のカルキも入ってるからトホホなんだけど。
で、我々が皇帝ヨーゼフ風呂が初体験ではないのを聞いてダニィは大変悔しがってくれたが、それでも感激したのがカッバーネ初体験であった。

このカッバーネ、という名称はちょっと怪しいのだが、定義は一応「大きめののキャビン」。
天然水プールのある庭を囲むように建物があって、小さいキャビンが並んでいる。それらはまぁ所謂貸し出し用更衣室で、お気替えと荷物置き場程度の大きさ。
そしてその背後に斜面に沿って、バルコニー付きのキャビンがあって、そこではそれらを「カッバーネ」と称していたんだけど、帰ってからディータやビリーにとそのことを話したら「そんな名前聞いたことないよ」と言われた。が、まぁ、現地では表記もされていたので“自称”と言うことで、カッバーネ。


そう、ウィーンから車で小一時間もかからない郊外、バーデンのはずれにあるその保養地のプールサイドのカッバーネを、ダニィのお母さんがひとつ賃貸で所有している。そこは春夏だけ利用可能な、小さい部屋にバルコニーがあるだけのところだったけど、バルコニーからは美しい眺めがあって水着でプールと行き来ができて、簡単な食事も作れるようにしてあって、一泊便乗させてもらうには充分な設備。こっちの人たちのいろんな休暇のスタイルに興味津々の私としてはワクワクである。

さいわいこの日は快晴で、到着は午後4時を回っていたけどまだちょっと泳げそう。
素早く支度してさっそくプールへ。手荷物を焦りながらいじくってたら、「すぐ戻れるんだから、タオルだけ持って行けばいいのよ」とダニィが言うのでなるほどと、水着姿でバスタオルだけもって出かける。うわぁ軽装。子どもか私は。ダニィはタオルと鍵だけ。そうしたら荷物番のためプールサイドに誰かが残るってことも不要なのか、便利だなーと感心することしきり。
香音はイクミくんのおさがりで頂いた浮き輪を持たせる。遅まきながら浮き輪デビュー!
去年のアルテ・ドナウ泳ぎではまったく水を怖がらずまわりで大人が大慌てしたくらいだったのに、今年はちょっと尻込みしてる。これまでの各地の海、プール、ついでに川経験を総合すると、どうやら冷たいと拒絶するのだな。まぁ入ったらそのうち平気になる、なんてことは経験則だし、至極真っ当ではあるのだが。


しかしお友達の魅力、ヨシュアの魅力はすさまじく、尻込みする香音もほどなくして入水、浮き輪の中で硬直してたけど徐々にリラックスしはじめた。ヨシュアは7歳にしては結構泳げて、足がつかないところでもまったく平気で泳ぎ倒している。ダニィは「ほぼ犬かき」と言うが、それでも私なんかより泳げてるではないか。フォームなど関係ないのだな。香音の浮き輪を引っぱったり押したりして一緒に泳いだり、ダニィと爆弾飛び込みや水かけっこをして遊びまくる。
あっという間に水中で身体が冷えきり、満足して今夜はホイリゲに行くことにする。

実はダニィはこの小さな町で生まれ育ったそうで、おススメの有機料理のホイリゲにと言ってくれたがあいにく休店。こういう小さな町ではホイリゲは二週間ごとの持ち回りで開くので、町の掲示板の案内を見て開いているところに行くしかない。
とはいえこの日のホイリゲももちろんナイスで、あっという間に満腹になってしまったし安くって感激した。ウィーンのカフェならコーラ一杯、珈琲一杯って値段で、ここではワインが2、3杯飲める。同行者にご馳走しても拍子抜けするくらい安い。


ホイリゲのあと、ダニィの生家をみせてもらいに。がーん、お嬢様育ちかね?と言いたくなるような瀟酒な洋館だったんだけど、今は誰も住んでいなくって、メンテナンスが大変とのことだった。鍵を持ってなかったから外観とお庭だけだったものの、ご家族の事情を聞きながら彼女が育った町や家を眺め、大好きだったと言う庭を歩くと、自然と知らないはずの時間が今現在の時と少しだけオーバーラップしてくるみたいな、ちょっと不思議で、ちょっと懐かしくとても親密な気分になれた気がした。


小さな“カッバーネ”に戻って、ベランダで星を見ながらお茶とワインを飲んで、たっぷり夜更かしした子どもたちをベッドに寝かしつけた。
子どもたちふたりは一緒にいてもばらばらに何かしてる時もあるし、べったり仲良しではないんだけど、低気圧ハーモニーに陥ることがまったくない。不協和音でどちらかや双方が苛立つ。というようなことがまったくないので、いつまでも両者が相手に疲れないのだ。両者とも、他の子どもとだと大なり小なりあるから、この組み合わせの心地よさと言うのは独特なんだと思われるし、それを何より本人達も感じている様で、それは寝る瞬間までそうで、お互い、目と目をあわさなくっても、横顔や寝顔を見て微笑んだりなんかしていて、とってもかわいらしかった。


翌日はこの町在住の友達母子も合流して、朝からしっかり泳いでは寝そべるをくり返した。
こちらの子も同じ歳の男の子だけどなんかやたらでかい。そして精神年齢もちょっと高そうな、穏やかで物わかりの良い悪ガキである。ヨシュアと悪ガキな遊び方で親や時には通りがかりの大人にも注意されてばっかりだったが、でも香音とも水の中で楽し気に遊んでる。香音を連れて三人でおやつを買い出しに行ったりアイスを買いに行ったりもするし、一度なんて、併設の公園で香音が泣き出したら、全速力で走って呼びに来てくれた。彼がたいへん大げさに報告するので、女性の人権について話していた我々ママ三人は大慌てて急行したが、行ってみると大したこともなく泣き止んでいて、かたわらにはしっかりヨシュアがいてくれた。
快適なあまり、ヨシュアの「もう一泊して行きなよ」との進言に、母子ともに即答で乗る。こういう行き当たりばったりができる仲になってきたのは大変気持ちがよい。
夜には6人で新規開拓したホイリゲでまた、たっぷり食べて美味しく飲んだ。車だから、ほんとに微量。



二夜ともに、子どもが寝てからはゆっくり話す。子等は今夜もシアワセそうに、並んで寝てた。
この時間だけは英語率が上がる。ダニィは英語も堪能なので、私はもう、目が回りそうになるんだけど。
とはいえ話せば話すほど、話せる奴!な彼女。常々、気遣いで気疲れしてそうな気もするので、せいぜい気を遣わせないようにしなくちゃと思うんだけど、ほんとうによく気が利く。心配性だけどネガティブ志向じゃない。一年前、小学校入学の初日に第一印象で、直感的にええ感じーとか思ったものだが、やはり間違っていなかったではないか。いやあの印象を越えてええ感じではないか。「人を見る目は確かです」。
子どもが寝ているベッドの横に、ソファと床のマットレスで…と、洋式雑魚寝みたいな二晩だったけど、あと数日でもOKと思えるくらい楽しく過ごせた。

寝る前、「今日は素敵な一日だったでしょ」とダニィがヨシュアに訊いたら「それはカノンとカエが居たから」と答えたと言う。ハンカチをどうぞ。
補足:ヨシュアは美男子です。



翌日は日帰りで遊びに来たヨシュアのおじいちゃんともお会いし、またたっぷり泳いだ。雲行き怪しい場面もあったものの、概ね3日間快晴に恵まれ。
成果として、香音は浮き輪でならひとりで浮遊できるくらい慣れたし、お陰でふたりがプールで遊ぶのをプールサイドから見守る、と言うことすらできた。大大大進歩。それと、ヨシュアたちが何度も駄菓子を買いに売店へ連れてってくれたお陰で、最終日にはなんと、香音ひとりでお気に入りの駄菓子を買いに行ってのけた。ちょうどのお金を渡したので、数字に関しては無問題ではあったものの、これは大いなる一歩ではあるまいか。皆さん祝杯を。

ヨシュアたちはもう一泊するつもりだったらしいけれど、本人の希望で彼らも一緒に帰ることに。
最後までしっかりつるめた訳で、あー楽しかった。
おじいちゃんをお送りするため遠回りしている間、車中で香音は居眠っていた。ふと気がつくと、寝顔はヨシュアの肩に。ヨシュアはそれに気づくと起こさぬように肩をこわばらせてにっこり笑っていた。うひひ、写真撮れましたからネ。


こっちの人たちは夏休みをほんとに大事にする。大事にすると言うより、本気だ。必ずたっぷり休むし、必ずしっかり遊ぶ。
隣国外国へ行く人もほんとに多いけど、それでもその合間には国内で遊ぶ訳で、それでも本気であることにかわりなく、遊びきることに変わりない。遠い外国にヴァカンスっていうのが一番派手で、一番地味なのが田舎の実家へ帰省、いや自宅滞在…だとしても、その中間はみんなどんなことしてるのかな、というのはとっても気になっていたので、その中のひとつ、しかも一種のオールドスタイルを垣間見れてほんと、楽しかった。



二日後、ディータとビリーがブルグハルト達と最近かりはじめたウィークエンドハウスに誘われる。
これもかなり行き当たりばったりで誘ってもらったのが嬉しかったんだけど…ディータの体調不良で当日お流れに。
これは残念!
なんとこのキャンセル、朝に電話で知らされて香音に伝えたら、泣き出してしまった。がっかりして泣くって、たぶんはじめて。

かわいそうだったので、夜、カールスプラッツであった無料のオープンエアミニコンサートに行ってみる。
これもダニィの情報で、噴水の傍でギターの弾き語り。まぁ所謂フォークで、歌詞にウィーンとかレオポルド山とか、ご当地キーワードがちょこちょこ出てきたり、オーストリア訛が際立って感じたりしてそれはそれで面白かった。覇気のない友川かずき…ってところか。
香音は大喜びして走り回って聴いていた。(本人は「ダンスしてるのー!」と言っていたが)。後半はずーっと正面に立って聴いていて、しまいにはかぶりつきにぽつんと一人座り込んで観ていた。これにはミュージシャンのおっちゃんも感激してた模様。
これがきのう。


今日は朝から保険屋行って、買い物して、夜はシルヴィアの新居にやっとこさ行ってきました。なかなかの快適、ええ感じでしたわ。

はい、そして明日は再びヨシュア母子登場。うちに。おからハンバーグでも作るかな。香音は泊まってもらうと張り切っています。